周防郁雄との出会い

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「芸能界のドン」と交流のきっかけは、仁科亜希子、松方弘樹、元夫婦の長男仁科克基をバーニングプロダクションに預ける相談をAプロダクション社長に声を掛けたのだが、バーニングプロダクションでは預かれないと、私が大変お世話になっている人物と一緒に周防社長が神戸に詫びに来た。この場面はホームページ「あの人の声」一部で公開されているので聞いてほしい。面子を潰された私は激怒したが、話し合いの結果、プロデュースと営業を手がけるのはバーニング、所属プロダクションはAという事で納める事となった。

私の無理難題を聞いてくれた周防社長は、脚本が決まっているにもかかわらずNHK連続テレビ小説「ほんまもん」の「加賀 匠」役に仁科克基を抜擢してくれた。担当はバーニングの山木さん。NHK芸能部チーフプロデューサー古泉さんが大変苦労したと聞く。ところが、あまりにも視聴者のクレームが多く、プロデューサーや脚本家の評価も悪かったために途中降板。通常なら一度NHKの連ドラに出演したタレントは色々とオファーがあるはずなのだが、全く声かからないと、周防社長も嘆いていた。堀越高校は中退するは、女性関係のトラブルは日常茶飯事で、薬物疑惑で渋谷警察に逮捕されるしまつ。息子も両親以上に世間知らずで、「芸能界のドン」に預けた私が恥ずかしかった。その後、一緒に神戸に詫びに来た人物から、一度東京で席を設けたいと連絡があり、東京に向かうこととなった2001年の春。

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2001年5月5日「是非、東京でお会いしたい」と周防から電話が入り、2001年5月7日、赤坂の料亭「口悦」(港区赤坂2丁目5-15)にて手厚い接待を受けるのだが、あまりにも盛大な歓迎だったために私は何事かと大変びっくりした。田中麗奈で有名な(株)テンカラット:小林栄太朗社長、など、芸能プロダクション社長ほか関係者約10人と名刺交換をした。2次会はテンカラット小林社長と5人で、銀座「クラブ姫」に出向き楽しく飲んだのを昨日の事のように覚えている。明けて5月8日の早朝8時ごろ、気分よく寝ていた宿泊先の東京プリンスに血相を変えてきた周防社長は、

「会長!大変です。うちの事務所に銃弾が撃ち込まれました。何とか助けてくださいよ。」

ヤクザ世界の話なら驚きもしないが、私は飛び起きた。拳銃を使ってまでの嫌がらせであれば、それなりの経緯があるはずなのだが、周防は「相手が誰か見当もつかないし、判らない」と言うばかりで、全く事情が読み込めなかった。社長とは深い関係はなかったが、昨夜盛大な接待を受けたばかりで、人ごとでは済まなかった。一般人の会社にピストルで撃ち込まれる等という尋常ではない自体に、行きがかり上調査すると周防社長に伝えた。

ちまたの噂で関西の組織ではとの声があったので、●●組五代目を訪ねて事情を説明した。●●組の中に意趣遺恨があるなら私は手を引くのでと調査を依頼した。一週間もたたないうちに●●組長より電話が入り、「うちの組ではない。一般人がそこまでやられると言う事は、本人は犯人の見当がついているのでは?」という返答だった。住吉会からも同じような返事であることを周防に伝えた。しかし同年10月8日、2回目の銃弾が撃ち込まれる。嫌がらせを超えた脅しに、周防社長はなすすべもなく、私の居場所を探し出しては、ついて回るようになり、警視庁が介入してきた2011年の夏までの10年間が始まった。

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「会長、会長!是非、私のビルに入っていただけませんか?麻布十番にあるエフプラザというビルです。今は、福家書店の事務所として使っていますが、直ぐに移転させますので、会長の自由に使ってください!」

「なにを言うんや、ワシが東京みたいな家賃の高いところに事務所だす意味がないわ」

「会長、なにをおっしゃいます。税務上、建前でお支払いいただきますが、全部裏で会長にお戻しします。それに青山の一等地に住居用のマンションも用意してありますので、是非使ってください。何の心配もいりません。こちらも税務上の家賃だけで、裏ですべてお返ししますから!ねぇっ、会長なんとかよろしく・・・。」

「バーニングの周防郁雄とはスゴイ人物で、ここまで私に気を入ってくれるとは」とすっかり信じ込んでしまい上機嫌で契約書を作成することになった。しかし私はすでにこの時から、プロダクションに所属する芸能人の様に、周防郁雄の手のひらにのせられているとは思いもしなかった。住む世界の違うアーティストの後始末までも私に降りかかってくるとは・・・。

業界では誰もが知っているという周防社長のバックグラウンド、それは普通の人や芸能人が聞いたら、さすがに逆らうことは出来ないはずだ。事実、私にもそのような事が起こったのが2010年3月。

突然、●●組●●会の西山氏(仮名)が自宅に訪れ、「バーニング周防社長の依頼で、命がけでお願いにあがりました。会長が請求されている事業投資資金の回収をやめていただきたい。事業ができれば支払うので、その時までまってほしい。私の親分も関係しているのでトラブルにはなってほしくない思いできました。」ときた。う~ん、と私は考え込んだ。本当に噂どうりの人物だな、周防社長は?あっちにも、こっちにも節操なく本当にヤクザに依頼をするんだと。

「西山さんよ、この件に関しては、私と周防社長との話なので第三者とは話できない。まして、その筋の人が自宅にまで来て話するとは、どういう事や?」と断った。すると西山氏は「●●組の組長に渡してくださいと1億円を会長に渡していますが、組長に届いていますか?と周防社長が言っていますが、私の親分に届いていますか?」と言ってきた。そんな根も葉もないデタラメ話に、あきれてモノも言えず激怒したが、「おい、西山さんよ、あんたが、何番目か知ってるか?二番煎じどころやないで、周防社長の件で、待って下さい、待って下さいと来たヤクザは、あんたで4人目やで」と言うと、本人はだまり込んでしまった。我慢しきれなかったのか、知らないこととは言え大変失礼いたしましたと、赤面で帰っていったが、芸能界のドンの依頼とあれば誰でも有頂天になってしまうのだろう。

私も10年前は、事務所や高級マンションを用意してくれた周防社長をスゴイと思い込んでいたのだから理解出来ないわけでも無いが・・・。

発砲事件後、私がどのようにしてバーニングプロダクション周防郁雄と複雑な関係になっていったのか、NHK内藤慎介プロデューサーをはじめ、モーニング娘、水野美紀、小室哲哉、みのもんた、田辺エージェンシー、眞下幸孝、ユニバーサル鈴木豊重、GLAY等を例にあげて、じっくり書いてみよう。

(続く)